第4章 - 忍耐と諸行無常
新たな章
この新しい章は、アップグレードした君と共に始まる。今の君は、問いを立て、答えを求め、情報の出所を確かめ、さらに良い問いを探せるはずだ。この時期、自分がポジティブか、ニュートラルか、あるいはネガティブかが自分自身でよく分かる。人生は喜びと歓喜をもたらし、生と生の境界線は気づかないほどに小さくなる。
忍耐がもたらす調和
新しい章がテーマにするのは、忍耐と、それが君に何をもたらすかだ。それは何よりもまず、内なる平穏と静けさである。地球上のすべては変化し、何一つ永遠には続かない。だから、十分な忍耐力があれば、悪い状況は良い方向へ変わる。そして、良い状況が訪れた時には、その味をより深く噛みしめることができる。君はそれを当たり前のことではなく、特別なこととして受け止めるようになるはずだ。
七つの感情の理解
しかし、忍耐を身につけるのは簡単ではない。私の大切な本に、忍耐とは七つの感情をコントロールすることだと書いてあった。それは、愛、憎しみ、喜び、不安、苦しみ、怒り、そして恐怖だ。つまり、それぞれの感情を実感し、それぞれを理解し、その各感情に対して自分自身を深く理解することを意味している。

受容という道
それぞれの感情に応じて、自分の本能がどちらの方向を指し示しているかを見極めなければならない。それでもなお、そのプロセスの歩み一歩一歩を味わうのだ。受け入れて初めて、これが可能になる。言葉で言うのは簡単だが、達成するのは極めて難しい。
忍耐への気づき
忍耐は、計画的な方法で毎日築き上げなければならない。忍耐力を養うために、一定の時間を取り分ける必要がある。ここでいくつかの実践的な例を挙げるが、君が自分に適していると感じるエクササイズを自由に考案し、実践することを勧める。繰り返しと粘り強さがあって初めて、結果を手にすることができる。つまり、理性的で忍耐強い人間になれるのだ。
待つことで得られる明晰さ
それとは別に、忍耐がなければ思考の明晰さを得ることはできない。忍耐が足りないと、いくつかの当たり前の問いを立てただけで、問いかける段階さえ終えないうちにすぐ答えを探そうとしてしまう。答えに関しても、たった二つの要素を拾い上げただけで結論を出してしまう。それは焦りから生まれた誤った結論だ。ポジティブとネガティブの分析において、本質を検証せず表面だけを見るため、君の結論は浅薄なものになってしまう。
人は自ら望まない限り変わらない
前にも言ったように、私は君に理性的になる方法を教えることはできる。だが、変わりたくない人間や、努力をしない人間を変えることはできない。私が勧めるエクササイズに戻ろう。心の中で1000まで数えるのだ。それぞれの数字を口にする時、その数字が真っ赤に焼けた液状の金属で鋳造されていると想像してくれ。そして言葉として発せられた瞬間、まるでハンマーで叩かれたかのように火花を散らす様子を思い浮かべるんだ。

実践トレーニングのエクササイズ
もう一つのエクササイズは、文字を使ったものだ。一つの文字を選び、紙にその同じ文字を書き続ける(ちょうど君が文字を習い始めた時のように)。ページ全体をその文字で埋め尽くすのだ。もっと気楽なエクササイズもある。本を1冊手に取り、ページのナンバリングが正しいかどうかをチェックする。割り当てる時間は1時間を超えないようにし、退屈な作業であっても楽しんで行う工夫をしてほしい。エクササイズが成果を生むためには、毎日行うことが不可欠だ。
すべては移り変わる
この世のすべては流動的だ。これがこのレッスンの第二部であり、必須の条件でもある。同じ姿のまま留まるものは何一つない。世界の法則とは運動の法則であり、君はその運動の中で「不動の点」としてバランスを見出す。そのためには、世界の変化と同じ速度を保つための継続的な努力と行動が必要だ。これが意味することは多く、中には素晴らしい発見もある。私がこう言う理由を理解してもらうために例を挙げよう。もし摩耗や衰えと同じペースで肉体を再生できれば、つまり等速を保てれば、君は300年生きることだってできる。時間による摩耗と同じ速度、同じ種類の運動の中で、不動の点としてのバランスを見つけさえすればいいのだ。
武器としての忍耐と粘り強さ
変化と受容の中で、忍耐がもたらす最も重要な効果は、おそらく内なる平穏だろう。自分に忍耐力があると分かれば、人は粘り強くなれる。100回間違えても気にならなくなる。十分な忍耐さえあれば、遅かれ早かれ正解にたどり着くからだ。だからこそ、粘り強さは重い鎖で忍耐と結びついている。粘り強さは、人間としての君の装備の中で最も重要な武器の一つだ。実は、粘り強さは君の選択、そして自分自身の決断に対する敬意と直結している。
自分の決断への敬意
一度何かを決意したなら、どれほどの時間がかかろうと、何回挑戦しようと、自分の言葉を尊重すべきだ。しかし、もし約束を破ってしまったなら、それは君の論理が間違っていたことを意味する。初期の決断に戻って検証し直さなければならない。そこには君が納得していなかった何かが隠れているはずだ。粘り強さとは、実のところ終わりのない闘いである。屈しないこと、立ち止まらないこと、前に進むことだ。私は、「立ち止まるな!何があっても進み続けろ!そうして初めて成功を掴める!」といったメッセージを掲げるモチベーションビデオを見るたび、いつも苦笑してしまう。

理性的な人間の調和
その原理は良くても、実践は間違っている。常に前だけに突き進むやり方は、理性的な人間を排除してしまう。私は君にこう言いたい。道を進むのはいい、だが時々は立ち止まれ。道端に立ち、自分がスタートした場所を振り返ってみるんだ。どれほど遠くまで歩んできたかを見てみろ。これから進みたい前方を見据えるんだ。目的地よりも、その旅路の方が美しいと考えろ。素晴らしいことにも、醜いことにも遭遇するだろう。転んでは起き上がり、また進む。君が常に「自分は何者か」を忘れないために、私は振り返ることを求めている。
決断による再発見と変化
これは、君が時々行うべき「空間的な位置確認」だ。自分をより正確に再発見し、過去の自分と今の自分を見つめ、どうやってここまで来たかを知り、自分を受け入れるための作業である。君は変わり、自分を再創造した。だからこそ、再び歩み始め、自分で定めた方向へ進むのだ。アドバイスをしておこう。変化は勝手に起きるものだが、自分自身の決断によってもたらされる変化の方が、はるかに価値がある。
忍耐とは受容である
呼吸すること以外に、緊急の用事など何もない。だから、ただ息を吸い、息を吐いてくれ。処理「しなければならない」残りの思考は、それぞれ別の箱に入れて待たせておけばいい。その箱を一つずつ取り出し、分析し、頭の中の棚にある元の場所へと戻す。同時に複数の箱を開けてはならない。一つずつ個別に扱い、箱を閉じ、次の箱へと進むんだ。一度箱を閉じると決めたなら、君が次に決断するまでは、その思考やアイデアを二度と引きずり出してはならない。
シングルフォーカスの規律
もし二つの思考が同時に現れたなら、なぜそれらが箱に入っていないのか原因を突き止めるべきだ。それがどのような種類の思考であるかは問題ではない。重要なのは、箱に収まっていないという事実そのものだ。君の意識は、常に単一の思考、つまり一つの箱だけに集中していなければならない。注意力が散漫になれば何も解決できなくなり、あらゆる思考が勝手に振る舞い、好きな時に現れるようになる。秩序を望むなら、箱を閉じるんだ。そのためには、忍耐と時間が必要になる。効果は目に見えにくく、あるいは全く実感できないかもしれない。それでも確実に変化は起きている。だからこそ、粘り強さが必要なのだ。
精神の秩序への道
頭の中の秩序を達成するまでには、数日、数週間、数ヶ月、あるいは数年がかかるかもしれない。しかし、これこそが君の選んだ道であり、その成果は君にとって極めて価値のあるものだ。それは君自身のアップグレードに他ならない。だからこそ、その道のりは長くて険しく、歩む者が少ないのだ。集中力と注意力を養うためには、忍耐力を発揮することが不可欠である。注意力がなければ、ごく小さな段階で、ごくわずかなことしか達成できない。だが、どんなエクササイズであれ、一貫して続ければ君の集中力は必ず高まっていく。

フォーカス
忍耐による集中力の育成
集中力と注意力を養うためには、忍耐力を発揮することが不可欠だ。注意力がなければ、ごく小さな段階で、ごくわずかなことしか達成できない。幸いなことに、どんなエクササイズであれ、実践すれば集中力は鍛えられる。その時間を長くしていけば、効果はなおさら高まる。例として、1000まで数えるエクササイズを挙げてみよう。これには約1時間かかる。その1時間は、君が自分で選んだ対象へと意識を導き、それ以外の思考を排除する時間となるのだ。
心がどこにとどまるかは君が決める
それは、完全に君だけのプロセスだ。君自身が計画し、考え、実行し、その成果を回収するのも君一人である。このエクササイズ特有の性質を、君に求められる他の活動へと広げることも可能だ。たとえ計画自体が君のものでなくなっても、実行とその成果は君のものとして残る。成果とは、実のところ頭の中が整理されることだ。一つの思考を追いかけた後に別の方向へ転々とするのではなく、自分が定めた一つの思考に集中し続けられるようになる。
複数の思考がもたらす混沌からの脱出
常に複数の目標を追いかけるからこそ、混沌が生まれる。しかし、君は違う。君は秩序を手にする。一つひとつのアイデアを個別に見極め、努力を重ねるごとに、より理性的な決断を下して選択肢を比較できるようになる。すべては移り変わるものだ。だが、君の知覚はそれに同意しないだろう。なぜなら、目に見えるものは頑丈で、秩序があり、永続するように思えるからだ。認めよう、確かにそれらは長持ちする。しかしそれらは、絶え間ない変化と適応を繰り返すことで存続しているのだ。時には、ほとんど気づかないほどの微細な変化によって。

時を超える視点
すべては移り変わるものであり、君の知覚はそれに同意しない。目に見えるものは頑丈で、秩序があり、永続するように思えるからだ。認めよう、確かにそれらは長持ちする。しかしそれらは、変化と適応を繰り返すことで存続しているのだ。ある場合には変化が非常に速く起こり、また別の場合には、ほとんど気づかないほどの微細で一定した変化が続く。君もこれまでに、都市や要塞、あるいはそれに類する歴史的な建造物を訪れたことがあるかもしれない。
歴史の痕跡と問いかけ
それらが全盛期を迎えていた時、一体どんな姿をしていたか想像したことはあるだろうか。どれほど強固で、どれほど耐久性があるように見えたことだろう。数百年後には自分たちの要塞がわずかな壁を残すのみになると、当時の人々が考えていたと思うか。そこにはもう誰も住まなくなるかもしれないなどと想像していただろうか。彼らの姿は、今の君に重なるのではないか。自分が暮らす都市や国を、何か永遠に続くものであるかのように見つめている今の君に。
私たちが知る歴史はごくわずか…約0.01%
この地球の年齢を私は知らない。40億年か、60億年か、あるいはそれ以上かもしれない。その歴史の中で、私たち人類が知っているのはせいぜい過去数千年と、それより少し前のわずかな出来事だけだ。地球上に人類の痕跡が現れたのは数百万年前と言われている。私たちが知っていることをパーセンテージで表すなら、地球全体の歴史のわずか0.01%程度にすぎない。つまり、私たちは歴史の99.99%を知らないのだ。それにもかかわらず、私たちは自分たちを「進化した種族」だと自惚れている。

贈り物と呪いのバランス
私たちは決して進化などしていない。歴史の99.99%を知らないという事実は、すべてが変化し、何一つ同じ状態に留まらないことによって証明されている。この例は、時間の流れの中で私たちがどれほど小さな存在であるかを考えさせるはずだ。この事実に気づくことは、贈り物であると同時に呪いでもある。この世界のあらゆる完全なものがそうであるように、善と悪が統合されることでこの全体性が創り出されている。歩みを進めるたびに、こう考えるといい。もし今が苦しいなら、それはこれから良くなっていくという意味なのだと。
1パーセントの力
これこそが、君が常に錨を下ろしておくべきポジティブな姿勢だ。希望と忍耐に裏打ちされたポジティブな姿勢である。希望を決して絶やしてはならない。事実、それを色褪せさせてはならないのだ。「計算したところ、私たちの成功確率は1%だ」という素晴らしい表現がある。そして、それは十分に賭けるに値する確率だ。(言うまでもなく、99%の確率で失敗するという事実など、もはやどうでもいいことなのだ)。
すべてが少しずつ
あらゆる変化と不安定さの中で、希望を維持し、コップに「まだ半分も入っている」とだけ考えること――成功した時に何が起こるかだけを見つめること――が、君の生き方になる。それは楽観的で希望に満ちた生き方だ。人生において、自分が何を受け取るかをコントロールすることはできない。君にできるのは、受け取ったものに対する自分の姿勢と、それをどう扱うかをコントロールすることだけだ。実は、移り変わらないものの一つが、君のその姿勢である。君は常にポジティブで、楽観的であり続けることができる。
変わらないものという幻想
それ自体が、動的なバランス(動的平衡)なのだ。君もそれを追い求めていることを認めなければならない。君は変わらないものを探しており、君の習慣やルーティ(ルーティン)がその証拠だ。君はそれらを通じて変化から身を守り、自分独自の特徴を維持しようとしている。しかし、すべては変化する。習慣もまた、その重要性を失い、目的を失うため、変わらなければならない。これこそが、多くの人が犯す大きな過ちだ。彼らは、変化するもので作られているにもかかわらず、変化しないものにしがみつこうとする。
習慣と精神の秩序
君が毎日行い、自分を定義していると信じているすべての習慣は、実際には、時の経過とともに維持できないものを無理に留めようとする試みにすぎない。現実として、君が合理的な方法で実践していることは、無意識のうちに精神的なレベルで達成したいと願っていることなのだ。これらの習慣は、君に秩序と心の平穏を与えるためのものである。それが習慣の目的だ。あまり良くない例かもしれないが、睡眠を例に挙げてみよう。君が夜に眠るのは、睡眠が好きだからではない。休息を取り、エネルギーを充電して目覚めるために眠るのだ。

休息の必要性 vs 就寝時間
もしスマートフォンのように、1時間でエネルギーを満タンにできる充電器があれば、君はもう睡眠など気にしないだろう。身体は、年齢、体力、体調、その他の要因に応じて、それぞれ異なる割合で睡眠を必要とする。しかし、君は毎日決まった時間に眠る必要があるわけではない。何時であろうと、昼であろうと夜であろうと、疲れた時に眠る必要があるのだ。君が幼い頃から受けてきたマニピュレーション(誘導・洗脳)は、時間に関係している。つまり、「何時だから寝る時間」「何時だから食事の時間」という縛りのことだ。
自然な一日のリズムの中での生活
時計がない世界を想像してみてほしい。スマホにも、パソコンにも、テレビにも、どこにも時計がない世界だ。君は昼と夜のシステムに戻ることになる。太陽が沈めば一日が終わり、太陽が昇れば一日が始まることを君は知っている。「〇時」に会う代わりに、太陽が空高くにある時や夕暮れ時に友人と会う約束をするだろう。もう決められた食事時間も就寝時間もない。お腹が空いた時に食べ、眠くなったらベッドに入る。時計にアクセスできないことで、君の人生がどう変わるか考えてみてほしい。
マニピュレーションの道具としての時計
なぜなら、現実にその「アクセスできること」自体が問題だからだ。私はこれからも主張し続けるが、身に着ける時計(腕時計)は人間の最悪の、そして最も巧妙なマニピュレーションの発明だった。それは人間の思考に障害物を置き、「何をしたいか」「何をする必要があるか」から「何をしなければならないか」へと意識をシフトさせてしまった。自己発見のすべての旅において、時間を計る道具を捨てることが求められるのは偶然ではない。これらの道具は君の現在を盗み、君のものではないリズムで生きることを強制し、君自身の合理的なニーズから君を切り離してしまうのだ。
選択する
態度の本質
流れて去っていかないもの、つまり自ら選んだ感情や態度について、少し話を戻そう。これらこそが、実のところ君という人間を定義し、この大いなる変化の中で重要となるものだ。習慣は君を定義しない。それどころか、君を縛りつける。対照的に、態度は君に方向性を与え、自由をもたらしてくれるのだ。
内なる決断の力
勇敢でありたいなら、勇敢に生きることを選べ。何が起ころうとも、過去の自分がどうであれ、その決断を貫き通すんだ。自分が従うべきモデル(手本)を選ぶ時、周囲の世界から探してはならない。自分自身の心の中から選ぶのだ。どうありたいかを選び、その決断を尊重しさえすれば、君は本当にその通りの人間になれる。
自分自身の変化のデザイン
私たちは自分自身の想像の産物だ。だからこそ、君が自分自身のデザイン(設計図)を創り出せば、その通りの存在になることができる。自分が何者になりたいか、どうありたいかを選択したなら、あとはその設定した目標に向かってトレーニング(訓練)を重ねるだけだ。時間はかかっても、忍耐強く続ければ必ず成功する。なぜなら、万物は絶えず変化しているからだ。だからこそ、その変化を「自分自身の決断」によるものにすると君が選ぶんだ。



